芭蕉の句碑
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芭蕉の句碑

 薬師堂周辺の町名を木ノ下といい、芭蕉は「日影ももらぬ松の林に入りてここを木の下と云とぞ。昔もかく露ふかければこそ…」と記している。今は住宅街だが、芭蕉のころはかなりさびしい所だったように想像される。
 芭蕉は俳諧書店を営む画工加右衛門に案内を頼み薬師堂を訪れた。その薬師堂のある陸奥国分寺は天平13年(741)建立と伝えられる・・・・。

「あやめ草足に結ん草鞋(わらじ)の緒(を)」

名取川を渡って仙台に入る。あやめふく日なり。旅宿を求めて四・五日逗留す。
ここに画工加右衛門(かえもん)といふ者あり。いささか心ある者と聞きて、知る人になる。
この者、年ごろ定かならぬ各所を考へ置きはべればとて、一日(ひとひ)案内す。
宮城野の萩茂り合ひて、秋の気色(けしき)思ひやらるる。
玉田・横野・躑躅(つつじ)が岡はあせび咲くころなり。
日影も漏らぬ松の林に入りて、ここを木の下といふとぞ。
昔もかく露深ければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ・・・・・。
薬師堂・天神の御社(みやしろ)など拝みて、その日は暮れぬ。
なほ、松島・塩竈(しほがま)の所々、画に書きて贈る。かつ、紺の染緒(そめを)付けたる草鞋(わらじ)二足餞(はなむけ)す。
さればこそ、風流のしれ者、ここに至りてその実(まこと)を顕(あら)はす。
(奥の細道原文より)